スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

転院③(2005年12月) 


2005年12月19日(月)

転院先のD病院は、複数担当医制。

僕の担当医は、二人。

一人は、A先生。研修医2年目の女の先生だった。眼鏡をかけた、少しキツイ印象をまず持ってしまう。弁解ですけど、そう感じたのは、D病院が大学病院で、他の病院よりも敷居が高いことから来る先入観があったのと、転院前のC病院のM先生が、ユニークで人情味のある女の先生だったことが理由です。もちろん、A先生が、患者と少し距離を置く感じの先生ではあったのですが…
家族も、A先生と初めて会ったときに、同様の印象を受けたようです。

もう一人の先生は、B先生(イニシャル的にはA先生ですが、もうイニシャル使うのは、止めます)。30代後半の男の優しそうな先生。B先生がいるから、さらにA先生がきつくなってしまった気はする。笑顔が優しくて、癒される先生でした。残念ながら、初日は会えませんでした。


一回目の治療がうまく行かなかったショックと環境の変化で、不安な毎日が待ち受けることとなります。血小板に増加傾向が見られるため、造血する可能性があり、少し様子を見て、治療を開始する予定だそうです。抗生物質の点滴が毎日あり、CT、マルクの予定が入りました。

トイレのあるこの無菌室の環境には慣れないし、微熱が続き、さらに、D病院の病院食がおいしくなくて、散々な転院初日…今日はこれで終わるのかと思いきや、夜勤で、担当の看護士のKさんがやってきました。担当の看護士さんが、どんな人なのかって言うことは、担当医と同様、とても重要なことです。C病院は、三歳年下の二年目のTさんでした。いつも、馬鹿話をして、Tさんとは、兄弟みたいな感じ(?)でした。まあ、僕が感じてたと言うよりも、Tさんがそう言っていたのですが…

D病院の担当看護士は、年齢が一つ下のKさん。血液内科歴四年目の頼りになる(?)看護士さんでした。まあ、最初は、お互い、様子伺いって感じで、すぐに仲良くはなれなかったけど、本当にいろいろ助けられました。前のC病院のTさんとは少しタイプが違って、眼鏡と黒髪で、真面目なイメージが最初(最初だけ?)はありました。共通点は、中学・高校と軟式テニスやってたことかな。その話で初日、少し盛り上がった気がする。今から考えても、入院中、Kさんには、愚痴こぼしまくってたと思う。たまにミスはしてたけど、それは、ご愛嬌(笑)とても、話しやすい看護士さんでした。

本当に担当看護士には、恵まれていました。もちろん、お世話になった先生にもです。

治療が上手くいかない時等、少し、先生や看護士に批判的な考えを持ったこともあります。

今から考えると、自分は何様なんだ、と思い、恥ずかしく感じます。医療スタッフがいてくれたことで、今の自分がいるんですから。

全く反省です。

25歳(当時)と言えど、まだまだ子供でした。


スポンサーサイト

Comments

患者の妻さん、こんばんは。

やっぱり、同じような経験は、みんなしているようですね~。もっと、周りが理解してほしいけど、人によって、症状もマチマチ。正確な認識は得られないですよね。僕が移植したことを聞いた会社の人が、本田美奈子さんは何で移植したのに亡くなったのかって聞いてきて、移植したからと言って、治る訳ではないと教えておきました。


haruさん、こんばんは。

あの番組、僕も見ましたよ。あの報道には、怒り心頭でした。全く、専門家の意見など、あまり聞いていないと言うことが、はっきりとわかるものでしたね。「あるある」の教訓が全く活かされていない。報道の力ってとても大きい。だからこそ、正しい情報を伝えなければならないと思いますよね。
仕事復帰したのは、休職期間が終わる数日前。休職期間ぎりぎりであったため、慣らし勤務は、午前中勤務三日間。本当にあり得ないスケジュールでした。実際に働いてみる(デスクワークのみ)と、意外と元気に働けてますよ。12月くらいから、自転車を買って、体力作りを始め、何とか、最低限の体力に戻していたのが良かったんだと思います。

マスコミのまちがった報道のせいか、誤認識される方は多いですね。
この間、団十郎さん闘病をテレビでやっていたのをご覧になりましたか?
「早期発見だったから自己移植」
「退院後、3ヶ月で舞台復帰」
「白血球やHbやPLTの検査の結果、、全部陰性」なんてナレーション、、、
それをみた人が「3ヶ月以上たつけどまだ復帰しないの?」
「発見が遅かったから骨髄移植なんだね」
など、、、、普通に生活するまでに回復するのが遅いのは、私の努力がたりないせい、、って感じで見られることもあります。移植後「退院すればそれで万事OKなんでしょ?」って感じです。
胃がんや乳がんの早期発見とはちがうんだけどなあ、、、、、
移植後のGVHDと再発とのせめぎ合いに肉体的にも精神的にも苦しみ、それが一生つきまとうということをもう少し理解してほしいと思うのだけど、、。

まだまだ1年あるし、、、とたかをくくっていましたが、思ったより身体のダメージは大きいし、慢性GVHDもあやしいし、造血もまだ安定しないしであっというまに半年たってちょっとあせってきたみたいです。(^^)あと2年くらいほしい、、、、
westさんはやっぱすごいです。免疫抑制剤がきれて2ヶ月ですか???そのガッツ見習わなければ。

westさん、こんばんわ。再びお邪魔します。
確かに、ウチも「移植すれば直るんでしょ?」と聞かれることがあります。
そんなに甘くないんだけどなー、と思いつつ、でも、その人はあまり詳しい説明までは求めていないだろうと思うし、どこまで説明するか、加減がむずかしいですね。
病気を間違えているのか、「人工透析で大変なの?」という質問をされた事もあります。^_^;

haruさん、まだあと半年以上ありますからまだ焦らなくても・・と思いますが、傷病手当金の支給も限度がありますし、お気持ちはお察しします。
私も歳くってますし、再就職の難しさも・・。
でも、無理は禁物。
大切になさってくださいね。

患者の妻さん、こんばんは。

本当に人によって、症状が違い、医師も大変だろうな、と思います。ですから、医師も試行錯誤していたりしますよね。少しでも、患者に不安が出ないように、治療が進められると良いのですが。患者さんの病院は、比較的に、病院のフォローが出来ている病院だとは感じています。それでも、不安・不満が出るんですよね。満足の行く治療って難しいんでしょうね。ですが、遠慮せず、がんがん質問して、少しでも納得の行く治療ができるようにしてくださいね。


haruさん、こんばんは。

haruさんは、まだ移植から半年ぐらいですよね?僕も移植半年の時期は、ステロイドも飲んでいましたし、免疫抑制剤も大きく減ってはいませんでした。医師が早く減らしたいと言いつつ、肺の謎の陰の原因が掴めなかったので、免疫抑制剤・ステロイドは飲んでいたんです。ステロイドは、七ヶ月目くらいで切れ、それ以降は、免疫抑制剤も減らしていき、八ヶ月目で免疫抑制剤はなくなりました。その二ヵ月後に、職場復帰です。今から、考えてもハードなスケジュールだったかも…
確かに、移植後に苦しむなんて、一般の人には、認識がないですねー。移植したら、「もう治った」「再発しない」なんて言う認識があったりするみたいです。僕は、周りの誤った認識は改めるように努力はしていますが、本当に微々たる努力です。僕に気遣って、病気の話題に触れないような雰囲気もあり、質問してくる人は少ないのですけど。だから、僕の周りも誤認識だらけかも。体調の事は気にかけてもらえて感謝してるんですが、誤った認識のままでいてほしくないんですけどね~

westさん
まだステロイドも飲んでますし、免疫抑制剤は退院時から減っていません。いざ減らすとなると先生も怖いようです。(^^)
でも、ハイリスク群だから減らしたいのは減らしたいらしい。
「肺に慢性GVHDがでると、呼吸困難で歩くのも大変になる、、、」なーんていわれると、不安倍増。遅くとも1月には復帰しないと、クビになっちゃうかもしれなくて、そちらも不安、、、
でも世間は移植さえできれば=簡単に治ると思っていて、こんなにみんな苦しんでいるなんて誰も理解してくれないんですよね。

患者の妻さん
宝くじでもあたれば、もう少し余裕をもってられるんですけどね。(笑)
生きていくには、働かないと、、、
薬代もだせなくなりますからねー
もちろん、働くことで生きがいを感じるということもありますが。
ただでさえ歳をくっていて、加えてこんな病気で再就職はむずかしいし、今の仕事だって無理はできなくなります、、、ほーんと憎らしいやつです。
白血病とスパッと縁を切る治療法が早く開発されることを祈りたいです。

westさん、こんばんわ。
患者によって病状が様々で、これが正解、という治療法がないのが白血病は辛いところですよね。
私も夫も後悔しないように、色々質問しているつもりですが、それでも「あの時もしも・・」って思ってしまう事はあります。


haruさん
治療が終わっても、ずっと不安が付きまとう、本当に憎たらしい、しつこいヤツですよねー。
年内復帰、できるといいですね!
その頃には夫も移植を終えて、無事退院してるといいなぁ。。

haruさん、こんばんは。

「大人」か~。確かに、しっかりとしているとは言われたりしますが、結構、子供な部分も多いんですけどね(笑)周りの人には、あんまり伝わらないのが悩みです…ただ、病気になったことで、さらに、しっかりとしてしまったような気はしてますv-388

移植後半年ならば、免疫抑制剤も切れていない人は多いんじゃないでしょうか。GVHDは、一概に言えないですが、人によって出方も違い、とても怖い症状なのは確かですから、先生が慎重になるのも頷けます。だけど、haruさんの気持ちもわかります。移植後も、いろいろ悩まされますよね、この病気。微力だけど、年内復帰できることを祈っています。ファイト!

westさんって年齢に比べて「大人」だっていつも感心してしまいます。
私は逆にわがままで子供でした。反省、、、、とはいってもなかなか悟れません(笑)

先日外来だったのですが、造血はいまいちだったし、腎機能が若干下がり、味覚障害も、、なかなか一筋縄ではいきませんね。
移植後半年なのに免疫抑制剤もほとんど減りません。再発もこわいそうですが、GVHD(特に肺にでると)がもっと怖いと、減らしてはくれません、、、ちょっと咳がでたりするので不安は不安ですが、、、、年内復帰、、できるのかなあ??
運任せの病気だと再確認させられる毎日です。

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

Trackback URL
http://hitomiwotojireba.blog95.fc2.com/tb.php/37-8dc2c3ed

  1. レンタルHP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。