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造血の兆し(2006年1月) 


2006年1月11日(水)

二回目の化学療法から、約三週間。

お騒がせ行動をした後、睡眠薬と精神安定剤のおかげで、眠れるようになったものの、病気が治るのかわからず、精神的にぼろぼろの状態が続いていた。

白血球は、底の状態が続き、高熱も続く。何かの感染症だろう。抗生物質は、強いものに変更に変更を重ねていた。

そして、そんな精神状態が続いた1月11日(水)。

いつものように血液検査をした。前日の血液検査結果での白血球数は、260×10^6/l。底です。白血球が500以下の状態が、一ヵ月半以上が続いている。自分の血液が再び、増えてくるなんて、感覚もわからないし、もう期待するのも疲れてた。

そして、朝九時頃、11日の結果の速報を先生が教えてくれた。中身の結果は、まだ出ていなかったが、白血球数は、520。最近では、聞いたことのない数字だった。

先生は、血液が立ち上がってきたのかも、って言ってくれた。

先生の触診の後、一人になってから、この兆しに、兆しとはまだ言えないかもしれない、小さな、小さな、初めての兆候が、うれしくて、うれしくて、うれしくて…

ベッドに横になったときに、涙が頬をつたった。

嬉し涙なんて、人生で初めてだったかもしれない。

それほど、うれしかったのです。

この、初めての兆候を、誰よりも心配してくれた家族と彼女に、メールをしたのを覚えている。みんな喜んでくれた。

午後には、詳しい結果が出て、好中球が33%あることがわかり、造血の兆候があると診断された。

二日後の1月13日(金)には、白血球数1490。その後、猛烈な勢いで、僕の血液は、再び、造血を開始し始めた。


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Comments

haruさん、こんばんは。

正直、haruさんの主治医の考えが読めませんね。

ただし、少しはわかります。

一概に言えないのかもしれませんが、僕が、GVHDが軽いと言われる、臍帯血移植で免疫抑制剤が切りやすかったこともありますね。実際にGVHDは、軽かったですし。

haruさんの症状がよくわかっていませんが、その辺で、免疫抑制剤の減量に慎重になる医師は多いと思います。復職のためだから、と言って、免疫抑制剤を減らすことは、本質ではないですから。

マルクの件は、全く、よくわからないです。医師・病院による個人差が大きいのでしょうね。

本当に不満があるのならば、セカンドオピニオンという手もあるかとも思います。

焦らずに、少しずつ、免疫抑制剤が減量できるといいのですが。復職については、医師の理解が少しあるように思いますし、休職期間終了一ヶ月前くらいに、復職となるように動いてみてはどうでしょう。いくらか余裕があったほうが、焦らずに済みますし、何かあったときに、対処できるのでは、と思います。

黒コギさん、こんばんは。

造血は、誰もが普通に行っていることなんですけどね。

白血病は怖いです。そして、抗癌剤も今は怖いです。

早く、白血病の原因がわかり、特効薬ができたりするといいんだけどな~

好中球の%に一喜一憂していたころを思い出します。(今でもだけど)

マルク、、、聞いてみたんですね。
そしたら「んーそんな兆候があったらするけど、ないからしない」って、、、「半年とか1年とかでされるのかなーとおもっていたんですがー」「別にする必要はない。何かでてくればする」
それで復帰時期も、「今でも別にしていいよ。通院は必要だけど(他の病院で)」って、、、あのーーまだ免疫抑制剤飲んでるんですがーーー??

別にマルクもしたいわけじゃないし
復帰もしたくないわけじゃないんですが「えっそんなでいいの??」

でもまだ休職期間はあるので、できれば免疫抑制剤がきれてからにしたいなーと言ったら「じゃあそうしよう」って、、、、

病院によってこんなにちがうもんなんですねー。

血液検査は毎回緊張しますが、
初めて造血の兆しが分かった時の
喜びはまた格別ですよね。
嬉し涙が出る気持ち分かります。

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