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病気の経過(2007年8月) 


2007年8月28日(火)

本当に、ご無沙汰をしています。
ブログをさぼってしまって、訪問されていた方、申し訳ございません。

久しぶりですし、初心に戻るためにも、過去の病気のことを振り返ることとしました。
このブログでは、全体の経過を一度も書いていませんし、ちょうど良いかとも思いました。


【①病気発覚前】
2005年10月某日
 37度強の微熱が一週間程度続く。

【②病気発覚】
2005年11月12日(土)
 微熱が続くため、近くの病院を受診。血液検査を行う。
2005年11月14日(月)
 体調不良で会社を欠勤。病院より血液検査の結果、異常が見つかったとの連絡。すぐに、病院に向かい、血液内科のある病院を紹介され、すぐに、その病院へ。血液検査の結果、急性リンパ性白血病(この時は)と診断され、実家の近くの病院で治療することを選択。

【③入院】
2005年11月15日(火)
 実家の近くの病院に入院。初マルク。
2005年11月17日(木)
 急性骨髄性白血病(M0)と診断。その日の午後より治療開始(イダルビシン、キロサイド)。
2005年11月27日(日)
 家族のHLA検査の結果速報が届く。残念ながら、両親・兄弟(二人)・従兄弟とのHLAの抗原型は一致せず。母が2ミスマッチで、緊急ドナーと決まる。
2005年12月15日(木)
 マルクの結果、白血病細胞が多く残存していることが判明。非寛解であるとなる。ここで、移植施設のある病院に転院することを決断。

【④転院、二回目寛解導入療法】
2005年12月19日(月)
 移植施設のある病院に転院。
2005年12月22日(木)
 再度、マルクをするも、やはり白血病残存。この日、二回目の寛解導入療法に突入。キロサイド、ノバントロン。
2006年1月11日(水)
 白血球の立ち上がりが見られ、その後、寛解確認。
2006年1月18日(水)
 熱の原因がカビだと発覚。肺真菌症と診断される。
2006年1月某日
 無菌室脱出。初の一般病棟・四人部屋へ移動。

【⑤一回目地固め療法】
2006年2月1日(水)
 肺真菌症の治療のため(白血球でカビを叩くため)、治療をストップしていたが、この日、地固めを敢行。治療内容は、前回と同様。
2006年3月6日(月)
 白血球の立ち上がりが、前回よりも緩やかで、この日、やっと白血球1000オーバーへ。
2006年3月某日
 コーディネートが進んでいたドナーが、最終検診で引っかかる。4月頭の骨髄バンクからの骨髄移植計画が頓挫。①早急に臍帯血移植をするか、②次のドナー候補者のコーディネートを待つか、③移植をせずに化学療法で治療を終了させるか、の選択を迫られ、悩みに悩んだ末、臍帯血移植をすることを決意。

【⑥移植準備、一時退院】
2006年3月某日
 移植に向けた、体の検査を開始
 臍帯血移植の日程が4月6日に決定
2006年3月17日(金)
 一時退院

【⑦再入院、移植】
2006年3月22日(水)
 再入院
2006年3月29日(水)
 ついに、β-Dグルカン(カビの値)が正常範囲内に入る。
2006年3月29-31日
 放射線治療(一日2回、一回2Gy、計12Gy)
2006年4月1-2日
 キロサイド
2006年4月3-4日
 シクロフォスファミド(エンドキサン)
2006年4月5日(水)
 何もなし
2006年4月6日(木)
 移植
2006年4月1X日
 40度以上の高熱。敗血症との診断。菌の特定ができ、抗生物質の点滴で対処。一週間程度で軽快へ。
2006年4月某日
 高熱、軽い皮膚の発疹。高熱は生着症候群。発疹は、急性GVHD。
2006年4月30日(日)
 白血球数:1550(日曜のため、詳しくはわからず)。day24で生着と判断される

【⑧急性GVHD、退院】
2006年5月2日(火)
 一般病棟・個室へ移動。
2006年5月某日
 4人部屋へ移動
2006年5月某日
 高熱、食欲不振、腹痛などの症状が表れる。熱は、急性GVHD。胃は胃カメラ、組織採取もGVHDではなく、胃の炎症と診断。腸は、大腸カメラ、組織採取の結果、GVHDと診断される。
 いずれも、軽いもので、ステロイドにより、すぐに軽快。
2006年6月中旬
 異常行動開始。精神的な疲労が原因だと考えられる。免疫抑制剤の副作用であるかも。このため、退院が延期。
2006年6月26日(月)
 退院。

【⑨再入院】
2006年7月14日(金)
 CTの結果、肺に白い陰影があることが発覚。当日、入院へ。
 肺真菌症の再燃と、肺のGVHDを疑い、治療開始。
2006年8月10日(木)
 退院。
 肺真菌症の疑いは晴れる。GVHDの可能性は不明。治療の効果があまり見られなかったが、緊急を要する事態ではなく、自宅での抗生物質服用治療に切り替える。
2006年9月19日(火)
 再々入院
2006年9月25日(月)
 PET検査
2006年9月26日(火)
 肺生検手術(全身麻酔)
2006年9月某日
 PETの結果は、肺に若干の炎症の存在を確認も、小さいものと判断される。肺以外の場所は問題なし。
2006年10月6日(金)
 退院

【⑩自宅療養】
2006年10月20日(金)
 生検の結果は、原因が掴めず、GVHDだったのでは、との結論に。
2006年12月1日(金)
 免疫抑制剤を切る。この頃、精神安定剤の服用も中止。
2006年12月30日(土)
 帯状疱疹
2007年1月某日
 マルク&胸部CT。検査結果良好。復職のOKサインが出る。

【⑪復職、その後】
2007年2月5日(月)
 産業医&上司との面談
2007年2月6日(火)
 白血病と診断された病院に定期的に診てもらえないかと打診。一ヶ月間隔で診てもらえることに。
2007年2月7-9日
 午前中だけの慣らし勤務。
2007年2月13日(火)
 復職。定時時間内での勤務開始。
2007年5月
 移植後一年のマルク。無事にパス。
 1時間までの残業許可下りる
2007年7月
 3時間までの残業許可など、就業制限が大幅に改善
2007年10月
 移植後一年半マルク(予定)。

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Comments

黒コギさん、こんばんは。

コメント遅くなってしまい、申し訳ありません。

改めて見ると、すごいかもしれませんが、もっとすごい体験をされているがいますし、自分は軽いほうなのでは、と思います。

患者さんの希望になるためにも、ブログのさぼり癖を、そろそろ克服しないといけないかと真剣に思っています(・_・;)

kikoさん、こんばんは。

肺炎になられたこと、心配です。
治療が早く効果を表すことを祈っています。

本当に、移植の経過は、人それぞれだと思います。
生着前に、感染症を起こすと、とても心配だと思いますが、僕のように、治療が功を奏し、回復した人間もいます。

希望を持って、ご主人を励ましてあげて下さい。

僕に何かできることがあれば、何でも、言ってください。

こんにちは。
移植後3日経ちました。
モルヒネを点滴し、肺炎起こし今酸素吸入しています。
いろんな人のブログを見たり、調べたり・・人それぞれなんだと痛感しました。
現実を受け止め、前向きに戦って生きたいと思います。
westさん、体に気をつけて頑張って下さいね!

今日、あっという間の臍帯血移植が無事終わりました。5分?位でした。
しっかりビデオに撮りました。BからAB型に変わります。性格変わりませんよね?
先日した放射線治療のときも、ビデオ撮ろうとしたら準備中だからいいですよ!と放射線室の中に入れてくれました。その後、モニター室でも!主治医の先生と、技師さんと一緒に見守ってました。
元気になったら、こんなだったんだよ!って見せてあげるつもりです。

westさんの経過を参考に、主人の様子を見守っていこうと思います。

こんにちは!
westさんのこれまでの闘いを
改めて拝見してみて、
私の想像以上のことを乗り越えて
こられたんだなと尊敬します。
私も励みになりますし、
きっと同じ病気と闘っている方は
勇気づけられていると思います!!

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